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日本経済の失われた20年

日本経済の失われた20年

第7章

日本経済の失われた20年

日本経済から読み解くテイエムオペラオー 偉大な賞金王の記録

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 テイエムオペラオーがデビューしたのは1998(平成10)年。キタサンブラックの現役最後のレースが、2017(平成29)年の有馬記念なので、この間(両端の年も入れて)、ちょうど20年ということになる。

 この20年間は日本経済にとって、まさに「失われた20年」だった。

 テイエムオペラオーがデビューした1998(平成10)年は、日本がデフレ不況に突っ込んで間もないときだ。この時期に始まったデフレ不況が、現在(2018年)もまだ続いている。

 では、日本が現在まで続く経済不況に陥ったのはいつなのか。多くの人が思い浮かべるのは1980年代後半に起こった「バブル崩壊」ではないだろうか。たしかにバブル崩壊は経済に大きなダメージを与えたし、不況の一要因(しかも大きな)となったことは間違いない。

 しかし、いくつかのデータを見る限り、日本が不況に陥った原因をバブル崩壊のみに求めることは難しい。

 バブル経済の最盛期は、概ね1990(平成2)年前後。1992(平成4)年頃からバブル崩壊の影響が出始め、1993〜94(平成5〜6)年頃には「バブルは完全にはじけた」と言える状況になった。

 ただ実は日本経済の成長はここで止まったわけではなかった。次の図は「日本の名目GDP」と「実質賃金」の推移だ。

日本の名目GDP/実質賃金の推移

<日本の名目GDP/実質賃金の推移>

 名目GDP、実質賃金ともに、ピークはバブル崩壊直前ではなく、1997(平成9)年であることがわかる。つまり、バブル崩壊後も日本経済はしっかりと成長していたということだ。

 その理由は「バブル崩壊に危機感を抱き、政府が積極的に財政出動をしていたから」という説が有力だ。民間がお金を使わなくなった分、政府が下支えして、経済を引っ張ったということだ。

 ところが、1997(平成9)年にその状況が一変する。

 この年、政府は消費税の増税(3%から5%へ)や政府支出の削減といった、いわゆる緊縮財政を始めたのである。

 日本はまだバブル崩壊の傷は癒えておらず、政府支出で何とかしのいでいた状態にもかかわらず、政府はその支出を削り、緊縮財政へと舵を切ってしまった。そのため、日本は一気に不況へと突っ込んでいったのである。

 これによって、名目GDPも人々の賃金も下落の一途を辿ることになった。

 日本のGDPが下がり始め、実質賃金も下落をし始めた1998(平成10)年に、稀代の名馬テイエムオペラオーはデビューした。そして、日本経済の深刻なデフレ不況は、競馬界にも大きな影響を与えることになるのである。

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