目次

冬の夜空とレース名

冬の夜空とレース名

第1章

冬の夜空とレース名

競馬で学ぶ冬の星空

目次

 競馬のレース名には、天文ゆかりの言葉たちが多く存在しているのはファンであればよく知るところだろう。例えば「シリウス」「オリオン」「すばる」……。それぞれその季節に見頃となる天体の名を冠する競走が1年を通して開催されている(後で書くように、実際にはレーススケジュールと天体の暦が一致していない例も少なからずあるのだが……)。おおまかな傾向として、中央競馬では星座名が芝の競走に、恒星名がダートの競走に充てられているようだ。ものによっては、競馬ファンでもそれが天文に由来する名前だと知らないレース名もあるかもしれない。そういった競馬界と季節の天体が共に歩む足取りを辿れば、競馬を、そして毎日をより豊かに彩ることができるのではないか。中央競馬を中心に、レース名に充てられている天体たちを紹介する。今回は「冬」の時季をなぞっていく。

 この国の冬の夜空を眺めていると、他の季節と比べても際立つ存在感で輝く星たちに驚かされる。それもそのはず、春なら「大曲線」、夏なら「大三角」、秋なら「四辺形」とそれぞれの風物詩となっている星の並びがあるが、冬にあるのは「ダイヤモンド」。「冬の大三角」も有名だが、その三角形を超える六角形をも構成することができてしまう。

※「恒星」はおおざっぱに「惑星以外の星」という捉え方で良い。つまり、夜空に輝く星はほとんどが恒星で、一般的に「星」という場合は太陽以外の恒星を指す。「一等星」「二等星」というのも恒星を等級(明るさの尺度)で区分したもの。

 一等星の数もさることながら、冬という季節は、

・暗くなるのが早く、空の暗さが一段と増す
・雨も少なく空気が乾燥し、視界を遮る湿気が少ない
・気流が安定しており、塵などの舞い上がりが少ない(例えば春は黄砂の影響で条件が悪化する)

 などの理由で天体観測するための条件が良好な季節。おそらく誰しもが慣れ親しんでいるオリオン座が南の空に輝いていることからも、もっとも星空への入り口として適しているだろう。まずはそのオリオン座の話からスタートしよう。

 まず、競馬におけるオリオン座は、12月の阪神競馬場で行われる「オリオンS」がその名を冠している。条件戦ながら、のちの天皇賞馬・ビートブラックやGI戦線で健闘を続けるシュヴァルグランが勝ったレースだ。地方競馬においても、佐賀・帯広・名古屋・大井にもオリオンの名を冠するレースがある。かつては門別・旭川・宇都宮・福山・金沢・足利にもその名を確認でき、さすがの知名度という感がある。

 もはや説明不要かもしれないが、冬の夜空に大きく輝く砂時計の形、それがオリオン座。それだけではピンと来ないかもしれないが、一度「砂時計の形」を意識して冬空を見上げれば、すぐに見て取ることができるだろう。オリオンとはギリシャ神話に登場する狩人のことで、星座自体も実際には砂時計型の部分だけでなく両腕を掲げているところまでがその全貌だが、都会の空ではそこまで判別するのは少し難しいかもしれない。

※ただし、プラネタリウムなどで見られる星座の絵や、星座内の星の繋ぎ方は学術的に正式には定められておらず、決まっているのは各星座が占める面積と境界線となっている。なので本来的には星座というものは“範囲”である

冬の夜空。三ツ星が特徴的な“砂時計”がオリオン座だ 写真:片平孝/アフロ

 さて、そのギリシャ神話におけるオリオンは、狩りの女神・アルテミスと恋仲にあったとされる。彼の死を悲しんだアルテミスを見て、父である最高神ゼウスが彼を空に上げ、星座としたのが、このオリオン座だと伝わっている。アルテミスは月の女神とされることもあり、月に一度、南天に輝くオリオンに近づくことができるとされている。

 競馬界の流れと星空と神話の関係で、1つ面白い一致がある。オリオンSに先駆けること約一ヶ月、近い時季に東京で牝馬限定の「アルテミスS」が行われている。競馬のカレンダーの中でこの両者が近くに位置しているのは、この2人が恋仲にあったという文脈からだろうか。もっともアルテミスSは近年(2012年)、重賞として創設され、早くも若い牝馬の出世レースの一つとなっており、歴史は古いものの一貫して準オープンのレースであるオリオンSよりはだいぶ格上だが……。

 そんなオリオン座には一等星が2つ含まれていて、いずれもレース名に採用されている。どちらもオープン特別競走で、こちらでも星座自体より格上となっている。オリオンは夜空の中での知名度に比べて、競馬においてはやや不遇な“天体レース名”のようにも思えてくる。次の章ではそのオリオン座の一等星2つと、その名を冠するレース名について見ていく。

© Net Dreamers Co., Ltd.