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「やんちゃ」な性格が阻んだ大きな期待

「やんちゃ」な性格が阻んだ大きな期待

第3章

「やんちゃ」な性格が阻んだ大きな期待

その“もどかしさ”が好きだった 〜ステイゴールド物語〜

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 ステイゴールドが栗東トレーニングセンターの池江泰郎厩舎に入厩したのは、1996年9月のことだった。この頃には、気性の荒さはすっかりトレードマークになっており、池江師もその「やんちゃ」ぶりはよくわかっていた。入厩時、担当厩務員の山元重治にも、「ちょっと元気のいい馬だから」と伝えていた。

 実際は「ちょっと」どころではなかった。隙あらば暴れようと、ギロギロとした目つきで虎視眈々と狙っている。そして、一度、暴れ出したら止まらない。10回でも20回でも立ち上がり、背中に乗った人間を必死で振り落とそうとする。危険と感じた鞍上が下馬すると、勝ち誇ったように悠然と落ち着きを取り戻すといったことは、もはや日常茶飯事だった。

 それでも調教では、なかなかの好時計をマークする。当然、期待も大きくなっていった。

 だが、その期待とは「G1レースでの勝利」のような、とてつもない期待ではなく、「そこそこ勝ち上がって、利益を出してくれる」というぐらいの期待だった。ほとんどの馬にとっては、そんな期待すら贅沢だといわれてしまうほど厳しいのが競馬の世界。関係者たちの期待は本来、大きければ大きいほどいいのだが、「そんなに甘い世界じゃない」と知れば知るほど、多くの人が「ちょっと贅沢な」期待で留める慎ましさを身につけていく。

 そうはいっても、レースに向かえば関係者たちは当然のように、勝負師の血を燃えたぎらせる。もちろん、ファンも馬券を握りしめて、その馬の勝利を信じて叫び続ける。

 そんな熱い戦いを、なんとこのあと50回も見せてくれることになるステイゴールド。その第1戦は1996年12月1日の阪神競馬場で行われることになった。新馬戦、芝の2000m。

 新馬戦で芝の2000mを選択するというのは、どちらかといえば少数派だろう。明らかに芝の中長距離路線を得意としていて、今後もその道を進むという意思表示ともいえる。ステイゴールドのために池江調教師が選んだ道もこれだった。

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