(アナ)第51回有馬記念。ゲートが開いて、スタートが切られました!
―あ〜、スイープトウショウがちょっと出負けした感じ…。スウィフトカレントがスッと後ろに下げていきます。さあ、先頭争い、やはりアドマイヤメインがのしをつけて行くんでしょうか?……
ディープインパクトには明快な“勝ちパターン”があった。スタート直後は、集団の後方を追走するのだが、ゴールに向かう最後の直線の手前、最後のコーナーから一気にエンジンをふかして、大外をまくりあげ、他馬を文字通りごぼう抜き、そのまま一気にゴールを突き抜ける。まさに突き抜ける…。
「とにかく、積んでいるエンジンが違った」元騎手の藤田伸二は著書の中で回想している。
「『どう転んでも、この馬には勝てない』と最初から白旗上げていたから、とりあえず同じレースに出る騎手たちは、俺も含めてみんなディープの2着を狙っていた。道中でディープのそばにいたら、逆に『邪魔せんように』って気を使っていたほどだ」
netkeiba.comでこのレースのデータを見ていただきたい。「通過」という項目がある。これは最後の一周の4つのコーナーを何番目に通過したかを示す。ディープインパクトのそれは「12-12-11-10」。最後の直線に入る手前のコーナーですら全14頭中、10番目に通過したにすぎない。でも結果は2着に3馬身の差をつけて堂々の1着…。
いや、あまり話を先走ってはいけない。まだレースは始まったばかりだ。彼は12番目あたりを走っている…。
少し時計の針を戻そう。そう、ファンに姿を現す前の話。
実はこの稀代の名馬は、最初から“期待の星”というわけではなかった。
まずもって“安かった”。
役所に出向いてMr.ディープインパクト氏の戸籍簿を開くなら、次のような記述に触れるはずだ。
「2002年3月25日生まれ。北海道ノーザンファーム生まれ。
父サンデーサイレンス、母ウインドインハーヘア」
日本競走馬協会が主催するサラブレッドのセリ市で、未来の名馬は7000万円で落札された。「十分高い」と思われる向きもあろうが、そうではないのだ。これはこの日に落札された同じ父馬を持つ牡馬14頭のなかでは9番目の値段だった。最高額は3億3500万円、次が2億500万円。対する7000万円、安さは歴然だった。
ノンフィクションライター・島田明宏はその著書の中で、売り手側・ノーザンファーム場長の次のような言葉を紹介している。
「薄毛で、軽く、毛艶も今ひとつで、見栄えのする馬ではなかった。セリというのは、出てきた時点で肉づきがよく、体のしっかりした馬が高く評価されます。その意味で、当時のディープインパクトは、ややインパクトに欠けていましたね」
人によらず、馬も見栄えで大勢を決せられるようだ。だが、サラブレッドの場合、値段の決定的な要因は、まずは父馬に由来する。ディープインパクトの場合なら、それは“サンデーサイレンス”という馬だった。
(写真:報知新聞/アフロ)
© Net Dreamers Co., Ltd.