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「mejiro」の血統が、世界の競馬にその名を記した

「mejiro」の血統が、世界の競馬にその名を記した

第1章

「mejiro」の血統が、世界の競馬にその名を記した

「血統」からひもとくメジロ牧場

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 2011年3月2日。日高町の戸川牧場で父スクリーンヒーロー、母メジロフランシスという血統を持つ牡馬が誕生する。

 1歳、2歳と2度にわたるセール、そして、ノーザンファーム早来での育成調教を施されながら、さらに逞しさを増していったその牡馬は「モーリス」と名付けられる。

 本格化を果たした4歳時には破竹の快進撃を続け、安田記念とマイルCSという2つのマイルG1で優勝。勢いは止まらず、初の海外遠征となった香港マイルも勝利してみせる。

 翌春にも香港に出向いたモーリスは、チャンピオンズマイルを制覇。秋には芝2000mの舞台で行われた天皇賞・秋、そして3度目の香港遠征となった香港カップも優勝。見事に有終の美を飾ってみせた。

 母の名として「メジロ」の名前を高めたのがモーリスとするなら、母父として「メジロ」に注目させたのが、父ステイゴールド、母オリエンタルアート(母父メジロマックイーン)とのあいだに誕生したオルフェーヴルといえよう。

 父ステイゴールドと母父メジロマックイーンの配合は、「黄金配合」といわれるほどに相性が良く、全兄となるドリームジャーニー(朝日杯FS、有馬記念、宝塚記念)、ゴールドシップ(皐月賞、菊花賞、宝塚記念連覇などG1 6勝)などの、数々の活躍馬を輩出。

 そのなかでもオルフェーヴルの活躍はずば抜けており、日本競馬史上7頭目、父、母、母父のすべてが内国産種牡馬としては、史上初めてとなる牡馬3冠を達成しただけでなく、その年には古馬を退けて有馬記念を勝利。4歳時には宝塚記念、5歳時には有馬記念を優勝し、4歳時と5歳時に挑戦した凱旋門賞では、2年連続で2着入着を果たした。

2013年:有馬記念 / オルフェーヴル

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 引退後は種牡馬となり、初年度産駒から皐月賞を制したエポカドーロを送り出すなど、順調なスタートを切ったオルフェーヴル。モーリスも種牡馬となり、初年度産駒たちは今年の春に続々と誕生を迎えている。

 オルフェーヴルは芝のクラシックディスタンス、モーリスは芝のマイルと、活躍の場こそ違っているが、共通しているのは古馬となってから、さらに強さを増していくような成長力。そこに多大なる貢献を果たしているのは、2頭の血統にその名を残している、「メジロ」の血であるような気がしてならない。

 史上初めて3冠牝馬となったメジロラモーヌ、史上初となる父仔3代天皇賞制覇を果たした、メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーンなど、数多くのGI馬を生産、そして育成してきたメジロ牧場であるが、2011年の5月20日に、解散という形で牧場の歴史に幕を下ろしている。

 しかしながら、多くの名馬を送り出したその大地では、「レイクヴィラファーム」という、「メジロ」の血統を受け継ぐ生産牧場が開業。ショウナンラグーン(青葉賞)、コウソクストレート(ファルコンステークス)と、母に「メジロ」の冠名を持つ生産馬からは重賞馬も誕生している。

 日本競馬界に多大なる貢献を果たし、そして今もなお、数多くの活躍馬の血統にその名を残し続ける、「メジロ」の名前。メジロ牧場の隆盛と衰勢、そして、レイクヴィラファーム開業のあらましまで、そのほとんどを見つめてきたレイクヴィラファーム・岩崎伸道代表の証言から、一世を風靡した「メジロ」牧場の“本当の姿”に迫ってみたい。

(扉写真:'16香港カップ / モーリス)

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