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ジョッキークラブという“権威”

ジョッキークラブという“権威”

第9章

ジョッキークラブという“権威”

世界史から学ぶ競馬(下)

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 競馬熱は熟し、新たな純血種であるサラブレッドも誕生した。

 しかし、英国各地で盛んに行われていた競馬では、揉めごとも絶えなかった。まず、ルールがレースのたびごとに定められていたため、その解釈を巡って深刻な対立が生じることも珍しくなかった。当時、すでにレースの勝敗を巡る賭けは盛んに行われていた。ルールの解釈によってレースの結果が変わるのであれば、殺傷事件に発展するのも当然のことだった。そう、近代競馬成立に向けて、まず求められたのは統一ルールの制定であり、それを確実に運用するために整備された組織だった。

 近代競馬の成立に向けて、大きな役割を担ったのがジョッキークラブである。

 1666年9月のロンドン大火災を受けて、街が大規模改造されたのにともない、市内にはおびただしい数のコーヒーハウスが開業した。そこはさまざまな情報交換や商取引の場であり、世論形成の場でもあった。このような雰囲気のなかで競馬を愛する人々の集まりが生まれたとしても、なんら不思議ではない。

 このジョッキークラブは1752年、ニューマーケット競馬場のある市内に土地を得て、そこに「レッドライオン亭」というコーヒーハウスを建てて活動の場とするようになる。その頃の『競馬成績書』に、ニューマーケット競馬場でのレースに関してこんな記述がある。

 ジョッキークラブに所属する貴族およびカントリー・ジェントルマン階層の所有馬による、

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