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ダービーを制するとは

ダービーを制するとは

第1章

ダービーを制するとは

黒船襲来を止めた駿馬、その名は“帝王”

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 本書は1980年代後半から90年代初頭を走りぬいた、“トウカイテイオー”という名馬についての物語である。とりわけ、彼を語るのに欠かせないレースであるジャパンカップ、とくに1992年に開催された第12回について、多くのページが割かれることになる。
 ただ、その話題に入る前にどうしても語っておきたいことがある。

 それは競馬の世界における“ダービー”というレースについての話。

「競馬を語るにはキャリアが必要であり、そのキャリアはどのダービーを見たかによる」

 1948年生まれの競馬史研究家として名高い山本一生の言葉だ。

 山本によれば、(いささか古い話ではあろうが)競馬ファンの初対面の挨拶は、まるで仁義を切るように、決まって二つの問いからはじまるらしい。ひとつは「好きな馬はなにか」、もうひとつは「ダービーはいつから見ているか」という質問である。これに対する回答によって、競馬ファンの年輪が推し量れる、と山本は書く。

 サラブレッドは2歳からデビューし、戦歴を重ね、上位のレースに駒を進めていく。
 その中でも、トップグレードであるG1にランクされる皐月賞、ダービー、菊花賞は3歳馬だけが出走を許されるレースであり、当然ながら馬の生涯でもそれぞれ一度しかチャンスは訪れない。その中でもダービーは、3歳馬の5月の終わり、府中の東京競馬場、芝2400メートルでのレースであり、ダービー優勝馬とはそのまま“強い馬”のことを意味する。理屈ではない。そういうことになっている。

 同じ趣旨のことを、騎手・武豊もあるインタビューで語っている。

「ダービーはその馬にとって一生に一度の舞台。勝つのはその世代でたった一頭だけ。素質のある馬たちはデビュー前からダービーに出るため、シナリオを描いて、そのための調教を積み、レースに挑んで、夢の舞台に立つことを目標にしていきます。そんな馬たちと歩んでいくダービーへの過程は、わくわくするもので競馬に関わるものにとって至福の瞬間です。出るだけでも大変なこと。そして勝つことは本当に夢のようなことです。だからレースは一発勝負ではあるけれど、そこまでの過程にそれぞれのドラマがあるんです」スポーツ専門フリーペーパー「Spopre(スポプレ)」2015.12.28記事より

(扉の絵:Max Sky/Shutterstock.com)

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