「オーバーペースで行きます。それが彼のスタイルだから」
デビュー以来、最高の調子を維持していたサイレンススズカを見て、武豊はこう宣言した。
抽選で引き当てたのは最内1枠。
「平成10年11月1日、東京11レース1枠1番1番人気」と1尽くしの並びに、レースが終われば1位の数字がまた加わると思っていたファンも少なからずいたのではないか。悪癖と言われていた左旋回も、今では左コースに強いレフティーとして彼の個性になっていた。
観客の関心は一つだった。
どの馬が勝つかではない。サイレンススズカがどんなレースをし、どんなタイムでゴールするのか。興味はその一点に絞られていた。
1998年天皇賞秋
スタートから飛び出したサイレンススズカは、いつにも増して軽やかな足取りだった。ぐんぐんとスピードを上げ、中継のテレビカメラは最大限に引かないと、後続の馬が映らないほど。
ところが異変は突然起きた。
いつものように4コーナーを回るサイレンススズカの姿がない。前触れなく失速していた。大逃げを打ってバテたのではない。様子が分かるにつれ、観客の陶酔は青ざめた驚きに変わった。やがて異様な雰囲気のまま、人々は凍りついた。
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