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この馬に勝てる馬はいない

この馬に勝てる馬はいない

第5章

この馬に勝てる馬はいない

サイレンススズカ ターフを駆け抜けた 伝説の逃げ馬の生涯

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 香港からの帰国後、武は橋田調教師にこう進言した。
「気分よく走らせれば、この馬に勝てる馬はいない」

 年が明けた1998年、5歳(現表記で4歳)の古馬となったサイレンススズカは、初戦にオープン特別のバレンタインステークスを選んだ。1.5倍の1番人気に推されたサイレンススズカは大外からスンナリとハナに立つと、そのまま快走。1000m通過57.8秒のハイペースで、2着に4馬身差の圧勝劇を演じた。

 スピードを取り戻したサイレンススズカの快進撃はここから始まる。

 その後の中山記念で、2着ローゼンカバリーに1馬身3/4差で重賞初制覇を達成すると、次の小倉大賞典も1.46.5のレコードタイムを叩き出し、2着に3馬身差をつける見事なレースで制して重賞2連勝をマークした。

 なかでも重賞を2連勝した勢いで挑んだ宝塚記念の前哨戦、金鯱賞は圧巻だった。このレースには、神戸新聞杯で勝ちをさらったマチカネフクキタル、5連勝中のミッドナイトベット、そして4連勝中のタイキエルドラドが出走し、ハイレベルな接戦が予想されていた。

 好スタートを切ったサイレンススズカは先頭に躍り出ると、1コーナーを回ってからさらに加速。1000m通過58.1秒と脅威のスピードで3、4コーナーを回った。終わってみたら、2着ミッドナイトベットに11馬身もの大差をつけて圧勝。1.57.8のレコードという破格の時計で逃げ切った。

 これで重賞3連勝をマーク。
 実はこのレースから、サイレンススズカはあることを覚えていた。

「ひと息入れる」

 当時、稲原美彦はこう話していた。
「息を抜くポイントを覚えたんだと思いますね。だから、4コーナーあたりで馬を引きつけ、直線で再び突き放す競馬ができるようになったんでしょう。そんなレースぶりから、武さんは“逃げて差す馬”と表現しました」

 実際、サイレンススズカの逃げは前半を飛ばし、4コーナーあたりから少し息を入れ、再び加速するというものだった。

 古馬になってからの活躍が目覚ましいせいか、サイレンススズカは「晩成型」と思われがちだ。だが、実際はデビュー当時からずば抜けた能力を秘めており、単にうまくそれを発揮できなかっただけだった。

「逃げて差す」

 武が表現したように、これこそがサイレンススズカの真骨頂のレース展開なのである。

 本来、金鯱賞のあと休養に入る予定だった。陣営のこの年の最大の目標は秋の天皇賞制覇だ。しかし、ファンからの熱い声などもあり、急きょ宝塚記念への出走を決めた。

 武にはエアグルーヴ騎乗が決まっていたため、鞍上は南井克巳が務めた。
 レースは無難な溜め逃げで進めたが、初のG1勝利を掴み取った。
 そして、冒頭に記した毎日王冠(第1章) と続くのである。そこには、天皇賞・秋への死角など存在していなかった。

サイレンススズカ:バレンタインS〜毎日王冠までの競走成績

<サイレンススズカ・データ:http://db.netkeiba.com/horse/1994103997/>

(写真は、1998年の金鯱賞)

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