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データで証明された“牝馬は強くなっていなかった”事実

データで証明された“牝馬は強くなっていなかった”事実

第2章

データで証明された“牝馬は強くなっていなかった”事実

強い牝馬はナゼ増えた?

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「本当に、ここ最近で牝馬が強くなったと思われますか?」

 JRA競走馬総合研究所 運動科学研究室 研究役の向井和隆さんは、開口一番、こう述べた。

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JRA競走馬総合研究所の向井和隆さん

「このデータを見てください」

 そういって見せてくれたグラフは、1300m以下の短距離と1700〜2000mの中距離の芝とダートにおける複勝率(3着までに入った割合)を3か月ごとに分けて算出したものを「牡馬+せん馬」と「牝馬」とで比較したものだ。

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1300m以下の競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ

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1300m以下の競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ

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1700〜2000mの競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ

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1700〜2000mの競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ

 短距離の夏場(7〜9月)以外はすべて「牡馬+せん馬」が「牝馬」を上回っている。しかも、その違いはかなりハッキリと出ている。中距離のダートなどはまるっきりかけ離れている。

 ちょっと本題とはそれるが、昔からの格言に「夏場は牝馬を買え」というものがある。データからは、この格言が正しいことが証明されたといえる。ただし、それは短距離に限ってのことだ。中距離(恐らく長距離ならなおさら)では、芝でようやく五分五分。ダートでは(差は縮まっているものの)この格言は正しいとはいえない。

 牡馬、せん馬は年間を通じて、季節に関係なく、複勝率が一定の割合で推移しているのに対して、牝馬は明らかに夏場だけ高まっている。向井さんによれば、理由はハッキリとはわからないそうだ。

 もうひとつ、少し細かいデータがある。年齢と出走月を横軸に、平均秒速を縦軸に取ったグラフを芝は1200m、1400m、1600m、1800m、2000m、ダートは1000m、1200m、1400m、1700m、1800mとに分け、それぞれについて「牡馬+せん馬」と「牝馬」とで比較したものだ(Toshiyuki Takahashi (2015). The effect of age on the racing speed of Thoroughbred racehorses をもとに作成。J Equine Sciのグラフを改変したもの)。

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芝1200mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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芝1400mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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芝1600mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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芝1800mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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芝2000mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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ダート1000mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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ダート1200mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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ダート1400mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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ダート1700mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

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ダート1800mにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差

 調査期間は2002年から2010年で、出走頭数上位5つの競走を抽出。芝、ダートともに良馬場を対象として行われたものだが、ほぼどの年齢、どの出走月においても、「牡馬+せん馬」のほうが「牝馬」よりも秒速(スピード)が速く、その傾向は距離が延びるほど大きくなっている。さらに、芝よりもダートのほうが、その差が顕著に出ている。

「これは実際のレースでの比較、つまりセックス・アローワンス(牡馬と牝馬の2kgの斤量差)込みでの速さの比較です。2kgの斤量差では追いつかないほど、牡馬と牝馬とでは絶対的なスピードが違うことがわかります」(向井さん)

 このデータは、第1章で「牝馬が強くなった」と考えられる「ここ最近」で取られたもの。つまり、データからは「牝馬は強くなっていない」ことが証明されてしまったわけだ。

「とはいえ、このデータはあくまでも『全体の傾向』です。個別の馬の能力を表したものではありません。私が思うに『牝馬が強くなった』というのは、『インプレション(印象)』だと思うんです。『牝馬は牡馬よりも遅い』という全体の傾向は変わっていませんが、GIなどの大レースで牡馬よりも速く走る牝馬が、以前よりも増えているというのもまた事実だと思います。ここ数年、ごく一部ながら、とんでもなく強い牝馬が何頭も出てきたことで、多くの人が『最近、牝馬が強くなった』という印象をもつようになったのだと思います」(向井さん)

 なるほど、「牝馬は牡馬よりもスピードが遅い」という全体としての傾向は変わっていないが、ごく一部ながら、突出して強い牝馬が続出するようになったということのようだ。ならば、その「ごく一部の突出して強い牝馬」の特異性は、よりいっそう際立つといえる。全体の傾向としては牝馬は強くなっていないのに、なぜ突出して強い牝馬がたくさん出てくるようになったのか―――。次章からは、その疑問を少し掘り下げてみていくことにしよう。

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